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14/03/06 10:46 / 私の心の法則とイヤシロチ
なにをしてもと言う、執着心を捨てましょう。
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みなさん、こんにちは。
私のチョット長い、当たり前の、つぶやきです。
今回のテーマは、なにをしてもと言う、
執着心を捨てましょう。
人は誰でも、決めつけのなかに、執着心を持っています。
何をしても、だめ、なにをしてもうまく行かない
、なにをしても続かない、なにをしても中途半端、
なにをしても、楽しめない、などなど、決めつけている
方が、多々います。
この決めつけは、なにをしてもと言うところに、
執着しているからです。
人生には、波風がああります、その人生の浮き沈みを
学びととるか、試練ととるかにより、人生の方向性が
少し、変わると私は思います。
なかには、試練も学びも一緒と考えている方がいるかと
思いますが、私の考えでは、全ては死ぬまでの、学びです。
試練とは、乗り越える一つの道と私は考えています。
学びは、時間と共に過ぎる過程のなかでの出来事であり
引き寄せた自分の望みでもあります。
チョットお話がずれてしまいますが、
例えば、ネガティブな思考を持っていないのに、
ネガティブな事が起きてしまった、これは、貴方の
過去から来た、思考と意識が、引き寄せたとも言えます。
誰の性でもないのです、必然に起きた(引き寄せた)貴方の、
出来事なのです。
この流れを変えるには、(なにをしても、と言う決めつけの )
執着を取ることです。
今までの思考を変えてみると、なにが起きても、
なにを引き寄せても、それがどうしたのなのです。
それは感情のバランスを取ることなのです。
いつも平常心でいることです。
しかし、誰でも感情を持っている以上、なにか起きると
そこに執着し、平常心には、なかなかと、なれないのが、
現実だと思います。
みなさん、平常心はどこにあるか知っていますか。
それは自分を信じる心であり、自分をこよなく愛する
意識でもあります。
自分の周りを見ることではなく、自分を内側に向かって
みることなのです。
よく、私は人から、どのように見られているかと
思い、不安、恐れを持っている方もいます。
私からすれば、人からどのように見られているかではなく、
人をどのように見るか、世の中をどのように見るかです。
自分を内側に向かってみることが出来たら、人は気楽に
生きることが出来ます。
みなさん、気楽に生きましょう、たまには、執着する時も
あります、その時は、これで良い、これで良いのだ、
これが今の流れたど思うことです。
決めつけは、取り払い、なんでもアリとして
楽しめば良いことなのです。
そのように思考すると、不思議に、なにをしてもと
言うところから外れます。
みなさん、なにも、起きていないネガティブな出来事を
思考したり意識することを止めましょう。
私の考え方でした。
ありがとうございます。 感謝
[更新日付:2014/03/06 11:39:13]
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